文庫本より一回り大きい菊半截で170ページ。昭和2年10月30日、文壇新人叢書の一冊として春陽堂から発行。表題作(『文藝戦線』大正15年6月号)のほか、「シベリアに近く」「黒い眼鏡」「疥癬」「娘の時代」は大空社の『里村欣三著作集』に収録されているが、「飢」「演説会一景」「娘の横ツ面」「第三日曜日」は未収載。
 国立国会図書館に蔵書されている。
 昭和5年5月5日、塩川書房発行、四六判181ページ。表題作は昭和5年1月から4月号の4回に分けて『文芸戦線』に掲載されたもので、他に「十銭白銅」「勲章」「息子」「家賃の値下」「法の執行官」を収める。
 国立国会図書館ほかいずれも5月10日第三版で、実質これが初版ではないかと推測される。
古書価約4万円。
 「私は一特務兵として大陸に渡り、約二ヶ年半を戦場で過ごした。その間、(中略)たゞ一つのことを自問自答した。それは、私のやうな、ぐうたらな人間が、本当に立派な兵隊になれるだらうか?──といふ疑問であつた。(中略)私は新しい信念と理想を掴むことへ躍起になつて行つた。それが私の『第二の人生』への出発である。これは、私の戦争の記録であると同時に、私の新しい人生追求の姿でもある。」(『第二の人生』第一部巻末の「跋」)
 本書は昭和15年4月16日、河出書房刊、四六判、376ページ+跋3ページ。里村の転向の書であるとともに、「検閲が内務省から軍に移されて、彼の正直に書こうとした文字のひとつびとつが、その時の検閲官の手で削り去られ」た前田河廣一郎は記している(『全線』1960年4月号)。上の写真は第11版(昭16.2.28)のものだが、初版はこれと異なる外箱、また7版・9版では逆に表紙の絵柄の異なるものがあるという。
 この書には異本があり、全く同一の内容で、1941年9月15日、『津浦戦線』という題名で出版されている。
 『第二の人生』第二部は、昭和15年12月18日、河出書房刊、四六判、328ページ。装丁者の名はないが、非常にモダンな装幀である。
 
 この本にも異本があり、『黄河作戦』という題で、河出書房から昭和16年9月30日に刊行された。国立国会図書館に架蔵されている(左写真=表紙と扉)。
 また、外箱のない、『黄河戦線』と題されたカバー付きの異本もあるらしい。
 里村は昭和12年7月、蘆溝橋で日中戦争が開始されると、同7月27日岡山第十聯隊通信隊所属の輜重兵として動員され太沽に上陸、昭和14年12月マラリアと脚気のため召集解除されるまで、この『第二の人生』三部作にあるように、津浦戦線、黄河戦線、徐州戦線、そして武漢作戦と中国各地を転戦する。
 『第二の人生』第三部である本書は昭和16年5月15日、河出書房刊、四六判、366ページ。題名を『徐州戦』としたことについて、「後記」で「この第三部のみでも、独立して読まれて差支へなく」と述べている。
 外箱の帯には「「津浦戦線」(第二の人生第一部)と「黄河作戦」(第二の人生第二部)の野心作を発表して、人間の精神の所在を遙かに模索した作者が」と紹介されている。この16年5月の時点で、『津浦戦線』『黄河作戦』(ともに16年9月刊)の異本が準備されていたことを示している。
 『近代戦争文学事典』第一輯(矢野貫一編、1994年3月15日、和泉書院)において、矢野氏は、「それにしても、ここにいたって、突如として、きわめて公式的な表現をもって聖戦の精神が書かれるのか。これは、兵六の内面の変化というよりは、作者里村欣三の側に起った変化ではあるまいか。さらに言えば、作者を包む世間の風潮の変化ではあるまいか。」と、この『徐州戦』における里村欣三の変質を鋭く指摘している。
  
 昭和16年10月30日、六藝社刊、四六判、224ページ。六藝社社長の福田久道氏は「熱心な日蓮信者であり(中略)、里村氏もいつか熱心な日蓮信者になっていた。」(堺誠一郎「或る左翼作家の生涯」)
 扉裏には「一心欲見佛 不自惜身命」という、これ以後の里村に人生の基調になった言葉が記されている。
 内容は「第二の人生」と同じ並川兵六が主人公で、里村の中国戦線従軍の後半、武漢作戦の、昭和13年9月〜10月あたりの従軍記である。里村が畏敬した「壽々木准尉」(姫路第10聯隊の鈴木律治軍医准尉(大尉))が登場する。
 昭和17年1月15日、六藝社刊、B6判、247ページ。
 「英魂記」「怪我の功名」「黒眼鏡の閣下」「回教部落にて」等、中国戦線従軍に取材した小品の他、昭和14年12月に帰還後、各紙に発表した随筆等を収める。
 戦地から帰還した里村と、窮乏する内地の国民との意識の落差が、里村に「侘びしさ」「きまりの悪さ」を感じさせ、逆に「あらゆる不利な条件を克服して、不屈な勇気に奮い立」ち、「「愛国者」になっ
」ていこうとする、そういう心境が221ページからの「感想・随筆・小品の中」で語られる。
 全編カタカナ(人名だけ漢字)で書かれた、戦地における軍馬の姿をえがいた児童向けの作品で、内海徹の絵が楽しい。
 「国民学校聖戦読本巻外」として、學藝社から昭和17年3月20日に刊行。A5判、199ページ。巻末に「母の欄」が別に4ページあり、「里村欣三先生」としてその略歴が紹介されているが、プロレタリア作家であったことは一言もない。不鮮明ながら馬に乗る里村の写真が載っている。上が本体の表紙で、下はそのカバー写真。
 昭和17年6月20日、有光社刊、B6判、304ページ。表紙はのどかな田園風景だが、所収の「癩」を題材にした中国戦線のもの、装幀は藤川栄子。
 『第二の人生』の成功で、ようやく転向の方向が見えはじめ、「愛国者」としての自負ができはじめたためか、大胆にもプロレタリア文学時代の「十銭白銅」や、この著の大半を占める「光の方へ」(まえがきに「数年前の作品であるが、(中略)もがき苦しむ自由労働者の苦悩と、そのはかなき希望とを再吟味」したもの、とある)を所収している。
 擱筆は昭和16年11月で、この後、慌ただしくマレー戦線に派遣従軍していく。下の写真は扉の次に挿入された遺書替わりの自筆。
 昭和17年10月20日、朝日新聞社刊、B6判、272ページ。
 初出は、昭和17年4月29日から6月30日まで、朝日新聞第8面に連載した「戦記小説」で、マレー戦に従軍した里村が途中、マレー戦の主役島田戦車隊に付き、シンガポール陥落後に再取材したもの。挿し絵は、栗原信。
 堺誠一郎氏は、中公文庫『河の民』の解説で、「植物園裏の屋根に砲弾穴のあいた家のロビーで氏が毎朝早く起きて小さなテーブルに向かい、ときどき頭の毛をかきむしったり、口の中で日蓮宗のお題目を低く唱えたりしながらこの小説を書いていた姿が目に浮かぶ。」と書いている。
 成徳書院より「少国民大東亜戦記」(全5冊)の一つとして、昭和18年10月20日刊、A5判、175ページ。
 ジョホール水道渡河直前までのマレー戦従軍記であるが、左に紹介した『熱風』の、公式的な戦意高揚に対し、青少年向けのためか、「六人の報道小隊」の身辺記となっている。里村は、中国戦線と同じ「並川兵六『とうちゃん』」、画家栗原信は「久里原画伯『おじいさん』」、堺誠一郎は「酒井清一郎『にいちゃん』」、カメラマン石井幸之助は「伊志井『坊や』」で登場する。
 表紙は里村の肖像で、右手の包帯は自転車で転倒した時の怪我、左手、刀の柄のところに数珠がある。
 里村が、マレー戦の後、文化奉公会会長でボルネオ軍司令官前田利為閣下の縁で、昭和17年9月、ボルネオに渡り、当時ほとんど人跡未踏であった北ボルネオ・キナバタンガン河を朔行した探検記である。里村は、「私は武力の背景を持たず、また征服者の誇りを捨ててしまって、一放浪者として人間的に交際し、友達になってみたいと考へて、今度の旅行に出て来たのである。」と書いている。
 昭和18年11月25日、有光社刊、B6判、272ページ。
 この姉妹本、堺誠一郎氏の『キナバルの民』は、同じ判型で有光社から昭和18年12月21日に刊行されている。
 『河の民』の文庫版(上)は、中公文庫から1978年2月10日初版、1993年4月10日再販が出されているが、今は絶版になっている。
 姉妹本である堺誠一郎氏の『キナバルの民』(下)も中公文庫から1977年8月10日に刊行されている。これも絶版になっているが、古本では比較的手に入りやすい。
 こうした文庫本で残念なのは、どこにも断りがなくて「内地」が「日本」、「支那人」が「中国人」、「土民」が「原住民」などと言い替えられ、文意に応じて削除されたりしている。差別語に配慮するのは当然にしても、正しいやりかたなのか、疑問である。
 この『大東亜戦争絵巻 マライの戦ひ』はB5のごく大判で、紙芝居を半分に折って本にしたような感じ。絵が開きでカラーで入り、次に文章が開きで入る。文章はスミで、飾り枠が黄土色の2色版。マレー戦線の戦場を描写した少年向けの絵本で、向井潤吉、栗原信、宮本三郎が絵を描き、文章は里村欣三ひとりで書いている。
 昭和18年12月20日、岡本ノート出版部刊、B5判、46ページ。
 「大東亜こども風土記」と名付けられたこの『ボルネオ物語』は、兵隊と現地少年ベナとの交流を描いた戦争童話で、昭和19年1月8日、成徳書院刊、A5判、154ページ。装幀・挿画は佐々木英夫。
 ある古書店でこの本に8万円の価格が付けられて、半年ほどして6万円に下がったが、別のところで、ごく安く手に入れることができた。
 高崎隆治氏監修で大空社から1997年、原典の写真製版により『第二の人生』以降の著作を主に12巻+別巻(解説)として刊行された。第11・12巻の『戦記・エッセー集(1)・(2)』は各種刊行物の記事を高崎氏の努力で収集されたもので特に貴重。大空社も倒産?して今はないが、各地の府立・県立図書館で読める。
 内容を紹介しておくと、第1巻『第二の人生』、第2巻『第二の人生第二部』、第3巻『徐州戦(第二の人生第三部)』、第4巻『兵の道』、第5巻『支那の神鳴』、第6巻『光の方へ』、第7巻『熱風』、第8巻『河の民』、第9巻『ボルネオ物語』、第10巻『短編創作集』、第11巻『戦記・エッセー集(1)』、第12巻『戦記・エッセー集(2)』、別巻『ボルネオの灯は見えるか』(高崎隆治著)である。
 初期の著作『兵乱』(昭和5年5月、塩川書房)や『センチノオウマ』(昭和17年3月、學藝社)、『静かなる敵前』(昭和18年10月)等は収載されていない。A5版